研究者インタビュー

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東京大学大学院農学生命科学研究科 
放射線植物生理学研究室 中西友子教授




中西友子先生は、東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部が進める福島復興支援プロジェクトのまとめ役として、2011年春より福島第一原発事故被災地の回復に向けた調査研究に取り組まれています。2013年にはその研究成果をまとめたAgricultural Implications of the Fukushima Nuclear Accident が、今年2月末にはその続編 Agricultural Implications of the Fukushima Nuclear Accident: The First Three Years がオープンアクセス書籍として出版されました。

中西先生に、5年間の復興支援プロジェクトとその成果、重要な科学的発見についてお話いただきました。


– 復興支援プロジェクトについてお聞かせください。

福島の原発事故で汚染された地域の8割は森林を含む農業用地だったので、農業分野での汚染実態を調べるため、農学部の教員がボランティアベースで約50人の調査チームを事故直後に立ち上げました。土壌、水、作物、動物など環境そのものが研究対象となるため、専攻の垣根を越えた協力が必要でした。例えば、土壌をサンプリングして放射性セシウム(以下「セシウム」)の深度分布を測ったり、イネやダイズがセシウムを取り込むメカニズムや予防方法を調べたりしています。農学は自然を相手にする学問ですが、自然界は大きな時間スケールで動いており、さらに奥深いメカニズムを持っています。また現地の農業従事者との信頼関係なしには何も調べることができませんので、人とのつながりもとても大切です。今回の研究で、現場に入って調査することの重要さを改めて感じています。


– ご専門の放射線植物生理学と災害はどのように関連するのですか。

放射線植物生理学とは、放射性同位体や放射線を利用して植物の生命活動を研究する学問です。放射性同位体や放射線を活用した技術は、超微量な原子を定量的に測ることができるとても優れた「道具」です。例えば、私たちはその道具を使って、生きた植物体内で水や養分がどのように動いているのかを画像化する方法を開発しました。植物を深く知ることで、農業技術を向上させるといった貢献を目指してきました。1986年のチェルノブイリの事故の時はとても関心を持って推移を見ておりましたが、当時は私自身が汚染事故などの災害に関する研究をすることになるとは思ってもいませんでした。福島の事故では、これまで研究してきた技術が基盤となって放射能汚染の実態を調べることができたのです。


– 震災発生から現在までの5年間で得られた最も重要な発見は何ですか。

セシウムの挙動について、特に大きな2つの発見がありました。まず、樹木は実は幹の表皮からセシウムを吸収していることが分かりました。水と同様に根からセシウムを吸い上げると考えるのが普通ですから驚きです。また、セシウムが強く土壌に固定され、その際にある特定の鉱物(黒雲母)だけがセシウムを吸着するという事実が分かりました。土壌中のどの鉱物がセシウムを吸着するのかは、分かっていなかったのです。


– 放射能汚染についてどのような誤解がありましたか。

とにかく誰も経験したことのないことだったので分からないことばかりでした。当初は植物は土壌からどんどんセシウムを吸収し、その草を食べる牛も汚染されたと考えられ、多くが殺処分にされました。ところが、セシウムは土壌に強く固定され、沈着直後を除けば、農作物に吸収される割合は極めて低く、川や地下水に流れ出ることもほとんどないことが分かりました。また牛は、セシウムを含んだ餌を食べると牛乳からセシウムが検出されますが、汚染のない餌に戻すと2週間で牛乳もきれいになりました。後から考えると、殺す必要はなかったかもしれません。


– プロジェクトの成果として最初の本 Agricultural Implications of the Fukushima Nuclear Accident を出版された後、どのような反響がありましたか。

2013年に書籍が出版された直後から、イギリス、アメリカ、オランダをはじめ、多くの海外メディアからの取材を受けました。震災での放射能汚染について、これほどまとまった研究成果が発表されたのが初めてだったのです。海外にも広く情報を発信したいと思いオープンアクセスにしたのですが、電子版はとてもたくさんダウンロードされました。


– オープンアクセスで出版されたばかりの2冊目の本 Agricultural Implications of the Fukushima Nuclear Accident: The First Three Years はどのような内容ですか。

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震災後3年間で得られたデータをもとに、植物や土壌のより詳しい汚染メカニズムや除染方法についての研究成果をまとめました。例えば、イネは水耕栽培だとセシウムをよく吸うのに、水田のような土壌栽培ではほとんど吸収しないことが分かりました(右図、左:水耕栽培、右:土壌栽培)。
また、日本国内で震災前に採取された土の試料を分析した結果、1960年代に米ソの核実験により地球上にばらまかれた放射性下降物の土壌内での挙動を知ることができました。土壌でのセシウムは1年間に平均1mm程度の速度で地中深くに向かって沈降しています。驚くほど遅い速度です。震災で放出されたセシウムの今後の挙動を予測するもとになる重要な知見です。



– 一般に向けての情報発信も重要ですね。

今回のような大きな出来事があると、一般の人も多くの情報にさらされるため飽きてくる上、不安などの感情も理解を妨げる要因になります。そのため、データに基づく新しい重要な知見であっても、理解してもらうのが大変難しいです。そこで、牛や植物など身近な物に関するデータから作成した画像をお見せしたところ、とても安心してもらえました。なかなか伝わりにくいデータの意味合いも、画像で可視化することによってはるかに理解しやすくなります。


– 災害や原発事故が起こった時、科学者はどのような役割を果たすべきでしょうか。

チェルノブイリでの土壌汚染に関する詳細な研究結果は、ウクライナ語であったため十分に活用することができないということがありました。原発事故は二度とあってはなりませんが、万が一に備えて今は正確なデータを測り、英語の記録を残すことがとても重要です。今回の研究は、イネと水田でのセシウムの挙動について特に詳細に調べているため、稲作中心のアジアモンスーン地域にとっても役に立つものだと思います。自然界の時間の流れは遅いので、植物の生命活動が1年で1サイクルだとして、3年でも3サイクル分しか調べられません。私も短くても10年間、つまりこれから少なくとも5年間はこの研究を続けたいと思っています。


中西友子(なかにし・ともこ) 東京大学大学院農学生命科学研究科教授。1978年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了(理学博士)。放射線や放射性同位元素を用いて植物中の水や元素のリアルタイム動態の可視化研究による植物活動の解析を進めている。農学生命科学研究科・農学部の福島被災地調査研究のまとめ役。


© SpringerAgricultural Implications of the Fukushima Nuclear Accident
Editors: Nakanishi, Tomoko M., Tanoi, Keitaro




© SpringerAgricultural Implications of the Fukushima Nuclear Accident: The First Three Years
Editors: Nakanishi, Tomoko M., Tanoi, Keitaro